友田九径 金襴手桐鳳凰文襖引小皿

作品の解説

手の込んだ輪花形の小皿であり襖引(襖の引手)であるとも考えられます。表に鳳凰と桐の花といった高貴な文様が描かれ、高台には制作者の銘が赤で丁寧に書き入れられてます。

襖の引手として考えたとき、サイズが大きいため天袋・地袋用ではなく、逆に、襖にこの引手を取りつけると、襖の厚みが3cm以上になり、普通の襖に取りつけられたとは考えにくいです。

サイズ 径 約9.8 cm 高さ 約1.6 cm    (2枚とも)

おそらく、この手の込んだ金襴手の小皿は観賞用として制作されたと考えられ、この引手が取り付けられた襖は一段と見事であったと思われます。

鳳凰と桐花の文様は古くから吉祥文として使われ、明治時代以降、桐花の文様は政府(首相・内閣)の紋章として日本の国章に準じて扱われました。皇室や政府が用いる五七桐と一般用の五三桐とに区別されてきましたが、この作品では桐の花数が定まっていないので、用途が不明です。

縁にいくほど薄くして切り込みも入れている輪花の形をしているため、こうした素地の成形や焼成は非常に難しく、型によったことも考えられます。

銘は「大日本/九徑堂製/於九谷」と書き込まれています。

作品の制作者

友田安清  文久2年(1862)生、大正7年(1918)歿

友田安清は当時の著名な絵師、陶画工から絵画や陶画を学び、明治14年(1881)に陶画業を始めました。藤岡岩花堂笹田友山清水清閑らと共に陶画工として在籍し、そこで技量をつけたことが考えられ、金沢九谷の絢爛豪華な優品を制作しました。

九径の功績は、ゴッドフリード・ワグネルから絵の具の調合法と陶磁器製造法を学び、その時の知識と経験を活かして九谷焼に適した絵の具を開発し、明治24年(1891)頃から多くの洋絵の具の改良に成功したことです。九径が開発した安価で高品質の絵の具は、明治九谷に多彩な華やかさを加え、素地からの絵の具の剥離を起こさなかったため、陶画工の間で広まり、品質の良い明治九谷を作ることに大いに貢献しました。

管理№ 18101304
展示開始年月日 2019.11.24
売却 検討中
備考