高田嶺山 色絵金彩厳島神社俯瞰図大皿

作品の解説

この大皿には広島県の厳島神社が鳥瞰図法によって絵付けされていることに驚かされます。

厳島神社とその周辺の名所の絵図については古くから「厳島図屏風下絵」や江戸時代以降の“厳島図”の粉本がありました。明治以降も鳥瞰図で描かれた観光案内図があったそうですが、この作品ではこれまでの九谷焼の山水画風でなく“名所絵”のように鳥瞰図法で描かれています。

サイズ 径 約45.5cm 高さ 約7.7cm 高台径 約25cm

高田嶺山は、これまで通りの理想郷風の山水画を描くのではなく、現実の風景を描いた風景画として描いたと思われますが、それは交流していた日本画に詳しい笠間竹雪、石田一郷らから影響を受けたと考えられます。

 

そのほかに、西松原とそこの灯篭の列、そして鹿の群れなどが描かれています。当時から、この松原が大鳥居、厳島神社、五重塔を一望できる人気スポットであったようですが、風景画のように描かれています。

表の左側には、豊国神社と五重塔、その周囲に桜が咲き誇っている情景が“春の宮島”として描かれています。桜の花が絵の具の粒で塗られているため、立体的に見えます。

裏の面には、菊の花と紅葉が交互に描かれていて、”秋の厳島・宮島”も名所として取り入れました。この大皿の表と裏で厳島神社の観光絵図に仕上がったようです。

銘は「於九谷/土井製/高田画」と書き入れられています。「土井製」の“土井某”は陶器商人と思われますが、詳細不明です。

作品の制作者

高田嶺山(作太郎)  明治6年(1873)生、昭和9年(1934)歿

高田嶺山は、父 伝右衛門が文久3年(1863)から寺井大長野村で焼物窯を営んでいたので、10才のころ父の作業を見て絵付を始めたといわれます。後に、金嶋岩嶺(詳細不明)に師事しました。師から一字をもらい「嶺山」と号しました。

高田嶺山は九谷焼の基本であった骨描きに卓抜した巧さがあったといわれ、合わせて、当時盛んに使われていた洋絵の具について研讃を積み、和洋の絵の具を使いこなすことができたので、風景画に近い絵付ができたといわれます。

制作品には、物語もの、田作り作業図など生活に定着したものがあるほか、絵画風の趣向が強いものもあります。

管理№ 18091312
展示開始年月日 2020.1.19
売却 検討中
備考