橋田与三郎 色絵人物花鳥図徳利

作品の解説

黒呉須による割取、松の下で休む馬上の人物図、花鳥図、鶴や帆掛け船の吉祥の図、中間色の絵の具などを見ると、形こそ違いますが、構図的には「亀多山月 赤絵金彩松下人物図鉢」に似たところがあります。

二人は明治21年、荒木探令(狩野探令)らから九谷陶画の向上に向け画質の改善やその筆法の指導を受けました。探令が伝統的筆法を用いた狩野派の日本画家でしたので、二人とも探令らの指導をもとに日本画の画法を取り入れたと思われます。

サイズ 口径 約2.2cm 胴径 約7.2cm 高さ 約14.8cm

状態 キズ、欠けなどはなく、わずかに釉薬の擦れがあります。

一つの大きな窓絵には馬上の人物が松の下の水辺で馬に水を飲ませている図が描かれています。貴人のような人物の身のこなしにはどこか優雅さがあり、一方で松の描き方には雄々しく力強さのあり、二つの組み合わせには狩野派の画風と思わせるものがあります。

また、裏面には草花の間を尾の長い鳥が飛ぶ様子が落ち着いた色彩でのびのびと描かれています。

大きな二つの窓絵の間には群れをなす鶴と小さな窓の中に帆掛け船が描かれています。当時、対の徳利や盃、三つ揃いの鉢などが記念の品、祝いの品として贈られ、縁起の良い吉祥の図案が好まれましたが、この作品にも鶴と数隻の帆掛け船が白盛で描かれています。これは明治時代の石川県では帆掛け船が描かれると、それは農海産物を運んだ日本海を往来した北前船を指し、“宝船”と思われました。

銘は「九谷/橋田画」と書き入れています。

なお、「橋田画」は初代だけが使いました。その後、初代がある時期から「与三郎」(楷書体で)に変えてから、代々の橋田与三郎も初代と「与三郎」を草書体で書き入れるようになったといわれます。

作品の制作者

作品の制作者につきましては、「橋田与三郎の所蔵品と陶歴」を検索してください。

管理№ 19042303
展示開始年月日 2020.6.6
売却 検討中
備考