飯山 華亭 色絵金彩人物雄鶏図三つ組鉢

作品の解説

この三つ組の鉢はご祝儀の品として制作されたとようです。お祝いの宴会において供さされる料理が三つの鉢に盛り付けられ、料理を取り皿にとって食べるといった風習がありました。この鉢の場合は、三つ鉢に描かれている図案“童子と雄鶏”から考えて、子供に係る祝い事のために作られたと思われます。

小の鉢 径 約18.8cm 高さ 約4.2cm
サイズ 中の鉢 径 約21.3cm 高さ 約5.4cm
中の鉢 径 約21.3cm 高さ 約5.4cm

 

この“童子と雄鶏”の図案は、江戸時代の御所人形にもある“雄鶏抱童子人形”と同じく、勇猛果敢な闘鶏用の鶏を抱きかかえる子どもの姿を表現したもので、子どもの健やかな成長を鶏に託した願いを表したといわれます。

図案や文様がやや黒ずんだ赤で描かれ、また金の使い方が控え目であり、華やかな金沢九谷とは異なる印象を見る者に与えます。

横から見た姿は、他の三つ鉢に比べやや小型といえますが、どっしりとした重量感があります。この素地は、小野山陶器所(明治5年1872廃業)、利岡光仙窯などの技術のある本窯で制作されたものと思われます。

裏銘は「大日本九谷/飯山製之」と書き込まれています。「飯山製」とあるので、陶画工として独立していたと考えられます。

作品の制作者

飯山 華亭  生歿年不明

飯山華亭は、名工の小寺椿山、春名繁春、笹田友山、津田南皐、清水清閑らと同じく、加賀藩御抱絵師 池田九華から絵画を修業して、明治初期から中期にかけて、優れた金沢九谷の作品を作りました。優れた陶画工にしか在籍が許されなかった阿部碧海窯(明治2年~明治13年)で陶画工として活躍し、あるいは、明治19年(1886)頃、名工の岩波玉山、春名繁春らと同じく、一時、横浜において横浜焼の絵付けをしたことがあります。

明治九谷の名工の一人であった飯山華亭は、後に名工と呼ばれるようになる、友田安清、相川雪花らの陶画の師でした。

管理№ 2006191
展示開始年月日 2020.10.8
売却 検討中
備考