三輪 鶴松 赤絵金彩布袋唐子囲碁図皿

作品の解説

名工 三輪 鶴松によって制作された7寸超の皿十枚が一組になって共箱に入れられています。箱書きからすると、同じ画題であるかは不明ですが、他にも二十枚が制作されたことがわかります。これだけの質と量の中皿は珍しく、手の込んだ絵付であることから、共書きの「七夕揃」「焼物皿」のとおり、“七夕節会”(*)に絡んで大勢の集まった宴会で用いられた皿であると見られ、三十枚も並んだ様相は壮観であったと思われます。

サイズ;径23.3cm 高さ3.6cm

*七夕節会(たなばたせちえ);江戸時代になると、七夕の日は五節句の式日(儀式を執り行う日)と定められ、その日には節会と呼ばれた宴会がとり行われたといわれます。それが明治時代になっても形式的に宴会だけが残っていたと考えられます。

七夕節会と“布袋と唐子”との関連は不明です。一方で、古くから、囲碁が「手を使う琴・囲碁・書道・絵画の四つの芸」に入っていたので、布袋、大黒、恵比寿の三神様が囲碁を楽しんでいる画題が生まれ、中国でも日本でも好んで描かれました。この画題に影響を受けて布袋さま”と“唐子”が囲碁をして遊んでいる画題が描かれ、祝い事に相応しい縁起のよいものと思われたようです。

この十枚とも手書きで描かれているところに面白みがあります。名工であっても十枚を描いていく過程で図案に“違い”が出てきたようで、布袋さまの表情、姿形、唐子の様子、小道具、特に碁盤の上の碁石の数、置き方などに見られる“違い”を一枚一枚楽しんで見ることができます。この画題は他の名工の作品にもあり、例えば、高田 嶺山 画の作品「金襴赤絵布袋唐子囲碁皿」があります。

7寸超の中皿は大皿と扱わられたこともあり、大きな焼き魚をこの皿に盛ったと考えられます。本作品の十枚のほかにあと二十枚があったならば、明治期後半になると、七夕節会が変質し、「焼物皿」を使うような宴会での食事が振る舞われたと見られます。宴会を開くことだけに注目され、大きな皿に主食を盛って大勢の人々をもてなす豪華な宴会に変わっていく過程で名工による豪華な皿が求められたようです。

裏銘に「九谷製/三輪画」と書き込まれ、共箱に「七夕揃/九谷焼物皿/廿人(三十人)前之内」と共書きされています。三十枚組の一部であったようです。

作品の制作者

三輪 鶴松  元治元年(1864)生、 明治44年(1911)歿

三輪 鶴松は、初代橋田与三郎に師事し、赤絵細描を修めました。

鶴松は、雪輪、バラ絵の画風を始めました。貿易用の大物にも取り組み、細字を取り入れた作品も多くあります。盃や湯呑の内側に漢詩を書き、外側に雪輪を描いてあればこの人の作品であるといわれるほど得意であったといわれます。

管理№ 2006101
展示開始年月日 2020.10.16
売却 検討中
備考