東 文吉 赤絵金彩割取人物山水図皿

作品の解説

明治後半になると、庶民の生活水準が上がってきたので、いろいろな手軽に使える磁器製の食器類が国内向けに作られました。当時の名工らも優れた技巧を活かして、国内向けに“目で楽しめる食器”を制作しました。直径が15cm前後(4寸から5寸)の皿は、大皿と小皿どちらの役割も果たしてしまうので、

身近な皿として重宝がられ、よく制作されました。こうした取り皿は、五組、十組、あるいはそれ以上の組揃いとなって、商家や船主などの裕福な家において保有され、それが次第に庶民にも広がりました。

サイズ;径約14.6cm 高さ約3.8cm

四つの割取を全面にギリギリにとり、その中にいろいろな図案(絵)が描かれています。二つの割取には風景画が、残り二つには人物画が丁寧に細やかに描かれています。加賀地方ならではの海辺の情景が自然の色で彩られています。人物画では、海辺に向かって座して書物を読んでいる文人、やはり海辺の松の下で座っている商売の神様、大黒様と布袋さまが表情豊かに描かれています。まるで名工が、こうした絵を話題にしながら、食事をとる楽しみをこの皿の上に演出しているように見えます。さすがに文化豊かな加賀地方で作られた小品です。

おそらく、この皿は、日常の使用に適するように丈夫で安価な仕上がりであり、そのために見込みから高台に行くほど厚みを増していています。エッグシェルのような硬質で薄く仕上げられる素地が高額であり、加賀では製造できなかったので。この皿は1枚当たりの重さが約250g(所蔵品の亀多山月や初代 橋田与三郎の小皿の2倍以上の重さ)で、縁をやや上向きに反らして成形された“なます皿”としても役割を果たしています。ですから、このタイプの皿は、丈夫な仕上がりにしまたので、実用的な食器として庶民の間にも広がりました。

裏銘は「九谷/東 画」と書き込まれています。それは高台の中央の少し凹んだ円形の中に書かれています。高台内が平坦であるよりも、持った時の指の感触が良く、また変化のある趣を出したかったと思われます。

作品の制作者

東 文吉  安政元年(1854)生、大正2年(1913)歿

東文吉は、斉田道開から陶画を学び、後に「道開風」の赤絵細書の名手といわれました。一方で、日用雑器にも優れた絵付をしたので、そうした作品も好評を得たといわれます。二代 織田甚三の経営する絵付工場で、高田嶺山らと活発に絵付をしたことも知られていれます。

管理№ 2006171
展示開始年月日 2020.10.29
売却 検討中
備考